| 走る。走る。走る。 まだ足りない、彼女に追いつくには。 まだ足りない、全てを追い越すには。 廻る。廻る。廻る。 上昇している。下降している。 ぐるぐると思考は巡り、いつしか私は極彩色の歯車の上にいる。 美しい歌が過ぎ去っていった。私のための歌ではなかった。 ただ前を向く意志が過ぎ去っていった。私は前ではなく彼女の背中だけを見ていた。 ああ、彼女の背中だけが見える。もう、彼女の背中しか見えない。 ただがむしゃらに走るしかないのだ。その揺らめく背に向かって。 私という1つの生き物が攪拌され、希釈され、再構築され、ただ彼女を追うための1つの歯車になっていく。 自分が何者でなぜここにいるのか、徐々にわからなくなってきた。喧噪が遠い。歓声なのか怒号なのかもわからない。 ぐちゃぐちゃにかき回された世界で、彼女を追う1本の糸のような道筋だけがどこまでも静かだった。 (アナタを追っている。ずっと、アナタだけを——!) 黄金の歯車が廻る。彼女に触れようと手を伸ばす。 ——その瞬間、確かに、私は世界の全てを置き去りにしていた。 |